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2006年 10月 29日
ある日、弟とすれ違った。
当時、私には兄弟などいなかった。 土曜に半日だけ学校があるのが当たり前だった頃、私は高校生だった。 早く家に帰って昼食を食べるため、土曜はよく近道をした。 家の周りの道はだいたいがアスファルトだったが、近道になるようなはずれの道には土の道がまだ多く残っていた。 近道に使うのは家と家の隙間だったり、倉庫を作った余りのような空き地だったりしたが、田舎だったせいか他人の土地を通ってもとがめらることはなかった。 その土曜の日も私は、晴れ続きで轍が乾いてでこぼこになった道を、硬い土に無理矢理生えている草を、自転車のタイヤに感じながら家を目指していた。 どこからかキンモクセイの匂いがし、カレーの匂いがしたと思ったらまたキンモクセイに戻る。腹の音を聞く者もいない。いやに天気がいい。 この角を曲がったら土の道も終わりだ、そろそろ家に着くな、と、ペダルに力を込めたとき、角から自転車が現れた。近所の中学の制服を着た男の子が乗っている。 なんとなく視線を感じたが、こちらは急に現れた自転車をよけようとして轍にはまり、それどころではない。 なんとか状態を持ち直し、何気なく男の子の顔を見ると、すれ違う瞬間、彼は親しみのこもった表情で「あっ」と言ったのだ。 その顔に見覚えはなかったが、まるで知り合いのような、それこそ弟のような顔で声をかけられたためについ、「え?」と言ってしまった。 一瞬、自分が忘れているだけで彼は自分の弟に違いないような気がしてしまったのだ。 しかしすぐ我に返り、人違いだったのだろう、と角を曲がった。 家に着いて自転車をとめると自転車の走ってくる音がし、ふと顔をそちらに向けるとさっきの男の子が親しげにやって来て、自然な動作で自分の自転車の隣に彼の自転車をとめ、私より先に玄関の扉を開け、家に入っていった。 ああ、弟ができる瞬間とはこういうものなのか、と思った。 不思議なことにそれからずっと、今でも彼は私の弟なのだ。 2006年 10月 17日
やはりイヤホンをつけていない乗客との遭遇率は日に日に低くなっている。
私は自分がイヤホン族になったときから毎日、電車に乗っては非イヤホン族を探し数えるようになった。 イヤホンを持つようになるまでは、自分が他人のイヤホン事情を気にするようになることなど考えられなかったし、イヤホン族に対して、そんなにイヤホンが好きか、とすら思っていたものだが、今となっては非イヤホン族の思考パターンの方が量りかねる未知のものとなってしまった。 私の音楽への無関心は昔から変わらず、流行り廃りや古典その他諸々、音を楽しめたことなどない。 そんな私でもイヤホンを持つようになるのだから時代の流動はたいしたものだ。 もっとも多くの非イヤホン族がイヤホン族に移行するきっかけを作ったのは他でも無い、Voi-je社のミュージックプレイヤーだった。 Voi-je社の看板商品ヴォアージュは確かにミュージックプレイヤーであったが、盗聴と呼んでもいいような機能も同時に搭載していたのだ。 ヴォアージュは指定した範囲内にあるヴォアージュのイヤホンに流れる音楽その他を、ラジオの音を拾うような要領で聞くことができる。 比較的安価で一般的なヴォアージュの盗聴範囲は周囲数メートルであり、それが最も活躍するのが電車の中であるということに人々が気付き、音楽そのものに興味はなくとも他人に興味のある種の人々の間で爆発的に広まるのに時間はかからなかった。 大量生産が更に価格を引き下げ、興味本位で購入できるまでになった頃、私は会社の宴会の景品でヴォアージュを手にすることになった。 ヴォアージュについて何も知らなかった私は、景品と書かれた箱から取り出し、一通り見て音楽関係のものであると判断して、親戚の子供にでもやるつもりで鞄に入れ、帰宅しようと電車に乗った。 その電車でうとうとし、隣にいたイヤホンをした若者に寄りかかってしまい、若者に睨みつけられた。 まったく、若者というのはよくわからない。あんなイヤホンなんか耳につめて。わからないだけならいいがなまじエネルギーが余っているだけに恐ろしい。 そんなことを考えながらその日は床へ伏した。 次の日会社へ行くと同僚に、ヴォアージュを試したかと聞かれ、ヴォアージュという名前も忘れかけていた私は一瞬わけがわからなくなったが、話の流れから昨日の景品のことであるとわかった。 あれは盗聴のようなことができるらしくてね、景品を取り損ねたと言ったら娘に怒られたよ。と同僚は言った。 盗聴というのはどういうことだろう。私は昼休みに、鞄から出し忘れていたヴォアージュと説明書を読み直した。 ヴォアージュ使用者同士で音楽を共有することができる、といったところか。 説明書によると、他人に拾い聞きされないようにロックできる機能もあるが、拾い聞きをしているときには音が垂れ流しになるようだ。発信元までは特定できないということだが、これは誰が拾い聞きかオリジナルかはわからないことになる。お互いに安全に拾い聞きを楽しもうということなのだろうか。 私はヴォアージュを一度試してみることにした。親戚の子供にやるのはそれからでもいいだろう。 早々と会社を後にして電車に乗ると、慣れない手つきでイヤホンを耳につめ、本体を操作して拾うことのできる音を探した。 幸いにも電車は混んでおり、盗み聞きできるかはわからないがイヤホンをした人もたくさんいた。 音を探す操作はやはりラジオのようで、電波の弱い局ような微かな音がしたり、徐々に局に近づいていく感覚があった。じりじりと新しい楽しみが身に浸みてきた頃、壮大なオーケストラの広がった音が聞こえてきた。 盗み聞いていると気付かれないよう装って周りの乗客を観察すると、昨日自分を睨みつけた若者に感じの似た若者が、イヤホンから聞こえるオーケストラに合わせて微かに首を揺らせていた。私は味をしめた。<続> 2006年 08月 20日
「私は昔から神経質なたちでして。気になり始めるともうだめで、細かいことまで気になって気になってしょうがないんですよ。」
「ほう、そうですか。それじゃあノートに線を引くときなんかはもちろん……」 「ええ、必ず定規を使いますね。」 「やっぱりねえ。切り取り線のところで紙を切るときに、無理矢理ちぎろうとする輩なんか見るとむしゃくしゃしませんか。」 「むしゃくしゃしますね。もう、俺が切ってやるから寄越せ、と言いたくなりますね。」 「わかりますよ。ではトイレットペーパーを切るときにはこう、点線のところまで巻くようにしたり。」 「はいはい。しますします。」 「点線のない紙に当たるといらいらするでしょう。」 「あれは嫌ですね。公衆のトイレでは多いですね。」 「点線のない紙でもあれ、文字が書けそうなぐらいに、のりのきいた感じの堅い紙だと比較的すぱっと切れていいんですけどね。」 「変に柔らかい紙のときですねやっぱり。困るのは。」 「それもトイレットペーパーが収まっているのがあの、ふたのようなのといいますか。」 「最もよく見るタイプのやつですね。トイレットペーパーの芯が床に平行になっているタイプ、とでも言うのかな。」 「そうですそうです。あれはまだマシですね。」 「最近増えてきた、芯が床に垂直なタイプが問題ですね。特にあれは柔らかい紙が入っていることが多いから、引っ張るとちぎれるし最後もちゃんと切れないし。」 「最悪ですね。」 「最悪です。」 「紙もそうですが、私は公衆のトイレなんかで他の人がいると思うと用が足せない方で。」 「ああ、気配が。」 「気配が。」 「誰も居なくなるまで待ったりしますね。」 「でも駅のトイレなんかはやっぱり混むんで引っ切りなしに人が来て。」 「大変なんですよね。だからわざと人気のないトイレを選んでみたり。」 「急にもよおしたときには焦りますね。」 「あれは焦りますね。」 「どこのトイレが一番近くて人がいないか、頭がフル回転して検索し始めるんですよね。」 「ええ、でも出先だともう、賭けですね。」 「一か八か。」 「外れてしばらく出られなくなったり。」 「はい。ああ、こんなに気の合う人は初めてだなあ。」 「私もですよ。本当に何から何まで。」 「でも、できたらもっと違う場所でお知り合いになりたかったものですなあ……」 「ええ……お互いに出られませんね…………どうします?」 2006年 08月 19日
「うーん……」
深夜、私は悪魔を前にして唸っていた。 「如何致しましょう?」 すべらかな口調で悪魔は私に命令を促したが、私はまだ決めかねていた。 悪魔は案外簡単に喚べるのだと噂に聞いたのは数ヵ月前だっただろうか。そのときには特に何も思わなかった。私には呪い殺したい相手もいなかったし、そもそも悪魔が喚べるなんてこと自体信じていなかった。 幽霊ならともかく、悪魔。 私は幽霊に会ったこともないので詳しくは知らないが、おそらく実在した者が生前の姿で現れているのだろう。しかし、悪魔。 悪魔はペガサスなどと同じ空想の存在だっただろうか。それとも魔女のように、居たのだか居なかったのだか判断が微妙なものと同じ、ぎりぎりな存在だっただろうか。 幽霊が空想でなくて悪魔が空想であると言えるかどうかは怪しい、ということは認めるにしても、少なくとも私の周りには、幽霊は見えても悪魔に会えた人はいなかったのだから、信じられなくて当然、と主張したいところだ。 私は、自分の見たものしか信じない、といった類の人間ではないが、やはり誰も見たことのないものは認めがたい。 しかも私には資料の無いものを新しくイメージできるほどの想像力など備わっていないから、イメージすらできないものを信じることになるが、それは神の存在を信じることにすら近いように思える。 無形の神に信仰の心のある人なら悪魔の存在も信じられただろうか。 私にできるイメージがあるとしたらせいぜい黒っぽいとか悪そうだとかそんな程度だ。 それにしても、悪魔の姿がこんなだとは。 目の前に立っている悪魔は黒っぽくも悪そうでもなく、小綺麗なスーツを着た若い女性だった。 「あの、あなた、本当の本当に、悪魔?」 「先程から申し上げている通り、本当の本当に悪魔です。免許もございます。」 悪魔は困った客の相手をする営業員のように言い、免許証のような物を見せた。 「免許って言われても。いや、でも、人間ですよね、見た目が。」 清楚で整った顔立ちに、茶色の髪をきれいにまとめていて、まさに保険か何かのセールスの社員に見える。 「あなた様がご覧になっているのは日本人の方用の姿ですから。」 「……あ、そういうのがあるんですか。いろんな人用とかそういうのが。」 「最も違和感の無い姿で応対させていただくことになっておりますので。」 「へえ……」 悪魔業界はかなり進んでいるようだ。知らなかった。当然か。 しかし悪魔はどうやらかなり人間のことを知っているらしい。好みの姿や、免許があると言われるとなんとなく安心するといった性質まで。もう何千年何万年単位の付き合いなのだろう。お得意様があるとは、やはり会社のようだ。 そうだな、株式会社「悪魔」とかいう感じだろうか。有限会社とかの方がいいかな、いや有限というよりは無限のイメージが。 「あの、そろそろお決まりになりましたか?」 「えっ?あ、すみません、まだ……もう少し待ってください。」 ああ、どうして悪魔なんか喚んでしまったのだろう。 そうだ、探し物があって、何を探していたんだったかな、眠れなくて酒を飲もうとして氷が無くて、そう、製氷皿を部屋のどこかに失くしていたのをはっと思い出したのだ。 鋏に糸を巻いていると探し物が見つかるとよく言うから試そうとして、糸が無かったから洗濯に使っているロープをこう、ぐるぐる巻きにして、巻いてみたはいいけど製氷皿はまだ出てこないから巻きながら部屋中をうろうろして、気付いたらロープを全部巻き終わってしまっていて、巻きすぎて鋏だか何なんだかわからなくなっているロープの塊を見たら解くのも嫌になって、製氷皿なんかもうどうでもいいやと思ってベッドに寝転んだ、あのときだ。思い出したんだ。悪魔を喚ぶ方法を。 製氷皿も、氷を買いにでる気力も無く、眠れずに暇を持て余していた私はなんとなく悪魔を喚んでみることにしたのだ。 ぐるぐる巻きになった鋏をガラスのコップに詰め、飲もうとしたワインを注いで悪魔悪魔と念じながら3分待つ。念じながらもさすがに馬鹿馬鹿しさに顔がにやけた。 明日になればいい笑い話になると思っただけで、もちろんこんなことになるとは思わなかったのだが。 如何致しましょう、といくら聞かれたって頼みなんかはじめから無かった。 「あの、すみません、実は本当に悪魔の方が来るなんて思ってなくてですね、何を頼んでいいやら……」 私は正直なところを話した。ただ待たれているという沈黙も辛かったし、喚ぼうとして呼んでいないから悪魔の制度もわからない。何が出来るのか、どうしたら帰ってくれるのか。 「それであの、参考までにお聞きしたいんですが、他の人はどういうことを頼むんです?」 悪魔は一瞬、やっと仕事ができるか、と、待っていた丸い目で私を見たが、話の内容を聞いて少し、ため息のように息を吐き、強張っていた肩の力を抜いた。 「実を言うとそういう方がほとんどなんです。皆さんいたずら半分で喚ばれて。それで出て行く我々も我々なんですが。あ、すみません、いたずら半分だなんて。」 「いえ、私もそうですから。どうもすみません。」 私はさっきより砕けた悪魔の言葉に好感を持った。 「いえそんな。ですから悪魔を喚んでどうこうしようって喚ばれる方に当たることは滅多に無いんです。」 「そうなんですか。私はてっきり皆さんはその、ちゃんと喚んでおられるのかと。」 意外だ。恨んで恨んで喚ぶものだというのは先入観だったか。悪魔を信じていなかった私が悪魔に先入観を持っていたとは。意外だ。 「そういう方は目的がはっきりしてらっしゃるから話が早いんですが。」 悪魔で呪い殺すなんて人が実際にあるとは。悪魔云々より人間の方に好奇心が向かうとは我ながら人間くさいが。 「あの、そういう方っていうのはどういう注文をされるもんなんです?」 「ええ、まあ……」 悪魔は困った顔で言葉を濁した。客のプライバシーへの配慮まで完璧だ。 「あ、差し支えなければで結構なんですが。」 「そうですね、ストレートに殺してくれとおっしゃる方もいらっしゃいますし。」 「へえ、やっぱり。じゃあ今までにあったおもしろい注文はどういうものでした?」 「そうですね……」 悪魔は困った顔をしながらも、なんだかんだで質問に答えてくれる。 「恨んでおられる方にイボを、ですとか」 「イボ?」 「そうです。それも薬やなんかで取ると倍に増えるイボを。」 「あはは、そりゃ傑作だ。どんどん増えて最後には……」 「ええ……」 そこまで言ってその注文の恐ろしさに気付いた。会話に気まずい間が空いた。 「ええとじゃあ、私のように、目的も無く喚んでしまった人にはどんなおもしろい注文がありました?」 私は苦し紛れに話題を変えた。 「そうですね、悪魔に会った証拠写真を撮らせてくれだとか、ドリアンを世界で一番臭い食べ物にしてくれだとか。」 「えっ、ドリアンが臭いのはあれ、元からじゃなかったんですか。悪魔の仕業だったんですか。」 「ええ、まあ。突然臭くて有名になりましたでしょう。」 「はあ、言われてみたらそうかもしれない。」 悪魔は私が思っていたより我々の生活に深い影響を与えているようだ。我々の知らないところで。知らなかった。当然か。 「あ、そうだ。悪魔に会ったことを言ってはいけないとかそういうきまりはあるんですか?人に話したら殺されるとか。」 これを聞いておかないと後で大変なことになってしまうかもしれない。なにしろこっちは悪魔初心者だ。他人に話したな、と雪女のようなのに殺されたらたまらない。 「ええ、まあ一応あるにはあるんですが。話しても殺したりなんかは致しませんよ。」 どうもそのへんのきまりは緩いようだが、一応黙っておく必要があるということか。まあ、悪魔は若い女の人の姿だったよ、とか、ドリアンを臭くしたのは私だ、とか言ったところで誰にも信じてもらえないだろうが。 しかし私が何を頼むかを決めるヒントになるようなことは一つも聞き出せなかったな。むしろ何を注文するかに関しては、まだ誰もしたことのないおもしろい注文をしなければ、というプレッシャーが私をますます緊張させている。 何を注文すればおもしろいだろう。どうせどうでもいいことを頼むなら後々悪魔に語り継がれる注文がしたいものだ。何がいいだろう。何がいいだろう。 「お話は参考になりましたでしょうか?如何されますか?」 「いや、余計にプレッシャーが……そうだ、お酒を飲みませんか。さっきあなたを喚んだワインがある。悪魔の方はお酒は飲むのかな。」 私は台所へ向かい、グラスを2つ持って戻り、机の上のロープ入りコップの隣に並べた。 「飲めないことはありませんが……」 まだ半分ほど残っていたワインのボトルを取りにまた台所へ向かう。 「邪道と言われるかもしれませんが、ワインに少し氷を入れると美味しいんですよ。あ、今氷が無いんだった。製氷皿を探してもらえますか、そっちの部屋のどこかにあるかもしれない。いっそ氷があればいいが。まあそっちの部屋にはまず置いてないでしょうけど。」 ワインを手に部屋に戻った私は、顔に残った微笑みを張り付かせたまま立ち尽くした。 私は今、何をしていた? ワインのボトルを手に、誰に笑いかけていた?何故ワインが開いているんだ?あのロープの詰まったコップは何だ?あれにワインを入れたのか? 私は机に近づきコップとボトルを見比べ、どうやら減ったワインはこのコップに入った分であるということを確認した。 コップの隣には氷の入った2つのワイングラス。その隣に製氷皿。 おかしいな。私はこんな夜中に誰とワインを飲むつもりだったのだろう。幽霊でも来ていたのだろうか。 2006年 08月 18日
ふと気付くと私は不眠だった。
日の変わらないうちに布団に入るのが私の昔からの習慣だが、いつからか布団に入ってから寝入るまでの時間が長くなり、最近では明け方の白んだ光がカーテンから漏れ入ってくるのを確認してからでないと入眠行為に集中できない体質になっていた。 こんなことが始まったのはいつからなのだろう。 私は自身の不眠を意識するようになるまでは確かに、極めてよく眠る方であった。 野比のび太と競えると自慢するほど寝付きがよく、また途切れのない睡眠を長時間保つことができたし、夢を含め睡眠は私の一番の娯楽でもあった。 夢は自分の意思とは無関係に繰られるが、それはつまり、自分は何も考えなくともよいということだ。 今日起こったこと、起こらなかったこと、明日起こってほしいこと、起こるはずのないことなど、頭の方ではあくせく働いて記憶の整理だなんだとやっている、という話もあるが、当の私の意識にしてみれば、無償でランダムに上映される日替わり映画に違いなかった。 見る内容や時間、上映の順番も何も決めなくてよいという気楽さが、選択の連続と言われる、いわゆる人生、を選ぶのに疲れ始めた私には大変心地良く思われた。 上映時刻がどんどん朝にずれ込むようになって評判の落ちた映画館ではあったが、私にはここで見るより他なく、結局それまでの時間を何で潰すかを選ばされることになった。 初めのうちこそ翌日の予定や、近いうちに解決すべき問題について考えを巡らせていたが、日を追うごとに、朝を見る頃には論点がすっかり逸れるようになっていた。 今日だって、布団に入ったときには確か、雷について考えていたはずだ。 雷はまだ、思い出したように光っては部屋を青く見せている。 ひどい音がしないのが救いだ。と言っても雷に妨げられるような睡眠の時間は、私にはまだ遠い。 もしかして台風が来ているせいなのかもしれない。明日ニュースを見ればわかるだろう。 思い返すと、不眠になってから不眠について考えるようになったように思うが、今日は眠れないと思い始めると眠れなくなる、というのもよく聞く話である。 不眠が全ての始まりだとばかり思っていたが、ひょっとしてどちらが先かは決まらないのかもしれない。 考えていて眠れなくなったのか、眠れなくて考えているのか。 どちらにしても相互に影響して不眠の侵すところが拡がっていることは確かだ。 「不眠」が「眠れない」という意味を表すなら、不眠を考えることは眠りを考えることでもあるのだろう。 そもそも眠るとは何なのか。眠ると眠らないの境目はどこにあるのだろう。起きていると寝ているの境目。 うとうとしていると思っているのは起きているが、完全にうとうとしてしまったら寝ていることになる。うとうとしていると思っていると思っていないの切り替わる瞬間、私はまぶたの裏に何を見ているのだろうか。 そういえば夢の始まり、夢と現の境目はどこにあるのだろう。 静かな雷が鳴っているこの現実を、夢だと疑うこともできる。 夢だと気付くと夢は覚めてしまうらしいから、覚めないこれは本物の現実か? しかしそんな条件に根拠がないことなんて誰でも知っている。 我々には、夢を見、現実を生きている、と思い込む脳を頼るしか術がないということも。 何故夢の始まりは認識できないのだろう。オープニングは映画の印象を決める重要な部分だというのに。 いや、そういえば映画に重要なラストシーンですら夢ではかなりぞんざいな扱いをされている。オープニングに期待するのもおかしいのかもしれない。 何にしても我々は、そういうものだと割り切って、見て見ぬふりをしている。 ごまかしごまかし狂気を逃れている。翌日の現実を守るために。 狂気とは何なのだろう。夢と現がすぐ隣にあるように、境目の曖昧な、脆いものの隣にあるのかもしれない。 現実を見、夢を生きている人間は、狂気か? 窓が白み始めた。ようやく朝が来たのだろうか。 いつの間にか雷が止んでいる。 台風は、去っただろうか。 2006年 08月 17日
「この辺りには大きな客船が沈んでいるそうだよ」
僕が幼い頃、祖父は船を出し、僕をよく沖へ連れて行った。 「とても豪華な客船だったそうだから、宝が眠っているかもしれない」 海しかない小さな町に育った。僕も、父も、祖父も、その祖父も。 「行ってみたくないか?いつか2人で宝探しをしよう」 祖父は僕の父の実父であったが、2人はあまり似ていなかった。 父は平凡で、休みには遊んでもらっていたはずなのに、遊んだ記憶にはいつも祖父がいるばかりだ。 祖父は楽しいことを教えてくれたり、新しい遊びを考えたり、一緒になって少し危ないこともした。 祖父と僕は気が合った。 今思えば祖父は年相応でない、大人になりそこねた老人だったのかもしれない。 だから孫である僕と同じ目線で、同じ物を見ていたのかもしれない。 他の老人たちのような古くさい話し方もしなければ、年寄りくさい歩き方もしなかった。 現実に染まり相応にくたびれた父よりも、祖父は若く見えた。 そんな祖父が死んだのはいつのことだっただろう。 町の子供たちは物心つくと葬儀の方法を教わる。 この町には独特の葬儀風習があり、それは水葬と呼ばれている。 物が水に入ると浮力が発生するが、物には重量もある。 浮力の方が大きければ物は水に浮かび、重量の方が大きければ物は沈む。 それらがちょうど釣り合うように棺桶を調節して海に送り出すのは残された僕たちの仕事だ。 水面に浮かぶでもなく、底へ落ちるでもなく、海中を漂う棺桶を想像して僕はうっとりとしたものだ。 月日を経て付いた藻や小さな生物が少しずつ積もり、棺桶は緩やかに沈んでいく。 棺桶は広い海を泳ぎ渡り、いつしか底に眠りつくのだ。 この海のどこかに、無数の棺が泳ぎ着き、死者たちが懐かしく再会する地があるのだろうか。 棺桶の船に乗せられ、海中を旅しながら僕は思い出していた。子供時代、祖父のことを。 僕は昔から、何故棺桶の内側に船舵がついているのかが不思議だった。一度祖父に尋ねたことがあった。 「おじいちゃん、お棺にはどうして舵がついているの?」 「そりゃあ舵をとるためだろう?」 あのとき祖父は、船を操りながら、そう言って笑ったのだ。 僕は組まれた指をほどき、重い腕をなんとか動かして舵を切った。 祖父の待つ宝の船へ。 < 前のページ次のページ >
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